ヒレタカフジクジラ

サメ図鑑

基本データ(ヒレタカフジクジラ)

和名 / 英名 / 学名 ヒレタカフジクジラ / (標準英名未確立:Lanternsharkの一種)Etmopterus schmidti Dolganov, 1986
※2025年の分類再検討により、従来 E. molleri とされてきた北西太平洋個体群は E. schmidti として復活・整理。
分類 脊索動物門 魚上綱 軟骨魚綱 板鰓亜綱/ツノザメ目 Squaliformes/ カラスザメ科 Etmopteridae/カラスザメ属 Etmopterus
体長・体重 全長およそ 40–50 cm(最大で約50 cm)。小型の発光サメ。
体重の確かな公表値は乏しい(小型で数百 g〜1 kg台と推定)。
分布海域 日本近海では相模湾以南〜沖縄舟状海盆、台湾~南シナ海北部など 北西太平洋域に分布(記録は散発的)。
生息深度 主に水深200 m以深の大陸棚外縁~斜面域。地域記録では 約260–860 mを中心に出現し、400–600 mでの採集例が多い。
IUCNレッドリスト NE(未評価)とみなすのが妥当。
※従来 E. molleri として扱われた評価は DD(情報不足, 2015)。分類更新後の E. schmidti 単独評価は未整備。
識別ポイント
  • 背びれは2基で、各前縁に発達した棘(dorsal spines)。
  • 尾柄部に明瞭な黒色斑(個体差あり)。
  • 第2背鰭基部に鱗がない点や、腹鰭上方の側帯斑紋の後分岐が長いことで 近縁のフジクジラ(E. lucifer)と区別。
  • 腹部〜体側に発光器(フォトフォア)が並び、微弱な青白い発光を示す。

参考:2025年の再分類(E. mollerilucifer 複合の再評価)により、 日本~南シナ海北部の「ヒレタカフジクジラ」は E. schmidti と整理されています。

① 外見の特徴

ヒレタカフジクジラは、体長40〜50cmほどの小型の深海ザメで、全体にやや丸みを帯びた紡錘形の体をしています。 名の「ヒレタカ」は、2つの背びれがどちらも大きく立っていることに由来し、各背びれの前縁には鋭い棘(とげ)があります。 この背鰭棘は捕食者への防御に加え、種の識別にも重要です。

体色は黒〜焦げ茶色で、腹面はやや淡色。特徴的なのは、腹側と体側に並ぶ発光器(フォトフォア)の群れです。 肉眼では小さな黒い斑点に見えますが、暗所では青白く光る微弱な発光を放ち、群れの認識や捕食・防御のサインとして機能していると考えられます。

② 生態・行動

本種は主に水深260〜860mの中深層〜深層域に生息し、日中は深い海底付近、夜間はやや浅い層に移動する垂直移動行動を示すと考えられています。 水温は5〜10℃ほどの冷水を好み、泥底や砂底をゆっくりと移動しながら、発光器で仲間と位置を確認したり、獲物を探します。

単独または少数で行動し、同属のカラスザメ類(Etmopterus spp.)と混泳することもあります。 美ら海水族館などでの観察では、光の刺激に反応して腹部の発光が変化することも報告されています。

③ 食性と狩りの方法

食性は肉食性で、主に中深層に棲む小魚、オキアミ類、頭足類(イカ・タコ)などを捕食します。 感覚器官の発達が顕著で、とくに嗅覚と側線感覚が鋭く、わずかな水流や血の匂いも察知できます。

狩りは素早い突進というよりも、暗闇で獲物に接近し、吸い込みながら噛み取るタイプ。 発光器によって体の輪郭をぼかし、下から見上げたときに海中に溶け込むカウンターイルミネーション(対照発光)で身を隠しながら接近すると推測されています。

④ 繁殖・成長

繁殖様式は卵胎生(無胎盤性胎生)で、母体内で卵が孵化し、胎仔は卵黄を栄養として育ちます。 産仔数は6〜10匹前後とされ、他のカラスザメ類に比べてやや多い傾向があります。

新産仔はおよそ13〜15cmで生まれ、出生直後から小さな発光器が確認されています。 成長は遅く、雌雄で成熟サイズに差があり、雄で約35cm、雌で約40cm前後と考えられています。 深海の環境に適応したこの種は寿命が長く、個体数の回復には時間を要するため、近年は保護的な研究対象にもなっています。

⑤ 繁殖・成長(補足)

ヒレタカフジクジラは深海の低温・低酸素環境に適応しており、代謝が極めて遅いことが知られています。 このため成長速度もゆるやかで、成熟までに5〜8年を要すると推定されています。 雌は胎仔を体内で長期間育て、母体が餌を十分に確保できない時期には、胎仔の成長を一時的に抑制する可能性も指摘されています。

産仔期は明確ではありませんが、海水温が安定する春〜初夏にかけて分娩が行われると考えられています。 生まれた仔ザメは海底付近に留まり、小型の甲殻類やオキアミ類を摂取して徐々に独立していきます。 深海という環境ゆえ、観察例はきわめて少ないものの、“ゆっくり育ち、長く生きる”という典型的な深海魚のライフヒストリーを持つと考えられます。

⑥ 人との関係・保護

本種は深海性のため、漁業との直接的な関係はほとんどありません。 まれに底引き網や延縄で混獲されますが、食用や商業利用はほとんどされず、研究用標本として扱われることが多いです。

しかし、深海漁業の拡大や深層トロールによる混獲圧の増加により、個体数の変動が懸念されています。 ヒレタカフジクジラは成長が遅く、産仔数も限られるため、一度減少すると回復に時間がかかる可能性があります。 そのため、IUCNではまだ正式評価がないものの、研究者の間では「データ不足だが潜在的に脆弱」とみなされています。

日本では深海魚研究や海洋生態の啓発において注目されており、発光サメの中でも観察例が貴重な種類として学術・展示両面で価値の高い存在です。

⑦ 観察・展示情報

生息水深が400〜600mと深いため、生きた状態での観察はきわめて困難です。 国内では、沖縄美ら海水族館が深海トロール調査で個体を確保し、発光実験と短期飼育を行ったことで知られています。 その際、暗所で微弱な青白い光を発している様子が記録され、同館の「深海への旅」展示でも紹介されています。

他の水族館では、死亡後の標本展示や冷凍標本として展示されることがあります。 研究機関では、発光のメカニズムを明らかにするための蛍光タンパク質解析や、遺伝子発現の比較研究が進められています。

一般の海洋観察で出会う機会はほぼありませんが、深海調査船やROVによる映像が今後増えれば、 “海の闇で光る小さな捕食者”としての姿がさらに詳しく解明されていくでしょう。

関連動画

コメント

タイトルとURLをコピーしました