サメ肉はアンモニアが敵

世界の「匂い対策」から見える、食の合理と台所の知恵

サメ肉を食べたことがある人の感想で、いちばん多いのは「思ったより普通に食べられる」か、「匂いが気になる」のどちらかです。評価が割れやすい理由ははっきりしています。サメ肉の“敵”は、魚の生臭さというより、アンモニア系の刺激臭です。サメは体内に尿素などを多く含むグループがあり、処理や鮮度次第ではそれが分解して、鼻に刺さるような匂いとして立ち上がります。つまりサメ料理とは、豪快さよりもむしろ「匂いをどう扱うか」の歴史です。

面白いのは、世界中で答えが一つではないことです。国によって、海の条件も流通の事情も違う。だからこそ、同じ“匂い問題”に対して、発酵・漬け込み・香辛料・揚げと、まったく別の解決策が並びます。サメ料理が「珍味」や「ゲテモノ」扱いされるのは入口の話で、本質はむしろ、台所が積み上げてきた合理のコレクションにあります。

対策1:発酵で無毒化する――アイスランドのハカール

匂い対策の極北が、アイスランドのハカールです。ここでの発想は、「匂いを消す」ではありません。もっと根本的に、食べられないものを食べられる状態へ変える。サメ肉を圧搾し、長期の熟成と乾燥を経て、体内成分を抜きながら“食品”へ落とし込む。結果として残るのは、アンモニア臭を含む強烈な香りですが、それは失敗ではなく、むしろ工程の副産物として受け入れられています。

ハカールは「匂いに勝つ料理」ではなく、「匂いと共存しながら成立する料理」です。だからこそ、少量をつまんで酒で流すスタイルが定着します。匂いを完全にゼロにするのではなく、食べ方まで含めて“匂いの扱い方”を設計した文化だと言えます。

対策2:酢とスパイスで輪郭を作る――アンダルシアのアドボ

スペイン南部アンダルシアの「カソン・エン・アドボ」は、真逆のアプローチです。匂いを受け入れるのではなく、香りで上書きして、味の輪郭を最初から作る。酢と塩で下味を固め、にんにくやパプリカ、オレガノ、クミンなどのスパイスで香りを立て、最後に衣をつけて揚げる。ここで重要なのは、酢の役割が単なる“酸味”ではないことです。酢は下処理の合理であり、香りの土台であり、匂いを料理の中へ取り込むためのレールになります。

そして揚げる工程が効いてきます。油の香ばしさと衣の食感が、サメ肉を「白身の揚げ物」へ一気に変える。サメの存在感は後ろに下がり、つまみとしての完成度だけが前に出る。これは匂い対策というより、匂いを目立たせない構造を作っているのです。

対策3:衣と揚げで“ファストフード化”する――フィッシュ&チップスの世界

英国やオーストラリアのフィッシュ&チップス文化でも、同じ仕組みが働きます。サメ肉が混ざることがあるのは、サメが白身として揚げ物に向くからですが、同時にそれは匂い対策としても合理的です。衣は香りの壁で、揚げ油は匂いを包み込み、酢や塩、ソースは風味をまとめる。食べ手の記憶に残るのは「揚げた衣の香ばしさ」であって、「素材が何だったか」ではない。

ここでの匂い対策は、台所の技術というより商品設計に近いかもしれません。切り身の正体が何であれ、揚げたての一口目が勝つ。匂いは主張する前に、熱と衣と調味料に回収されます。サメが“主役にならない形で食べられる”のは、まさにこの構造のおかげです。

国ごとの知恵は「匂いを消す」より「匂いを使う」

三つを並べると、世界のサメ料理がやっていることは単純です。匂いをゼロにするのではなく、匂いの扱い方を国ごとに変えている。

発酵は、匂いを含めて食品化する。
漬け込みは、香りの輪郭で匂いを料理の中へ封じ込める。
揚げ物は、衣と熱で匂いを“味の背景”へ押し下げる。

この違いは、そのまま生活の違いでもあります。寒冷地で長期保存が必要なら発酵が強くなる。港町のバルなら短時間で強い味が必要になり、酢とスパイスが育つ。都市のファストフードなら衣と揚げが勝つ。つまりサメ料理は、「サメをどう食べるか」以上に、「その土地がどう生きてきたか」を匂い対策の形で語っているのです。

家庭で想像できる“匂い対策”のコツ

この比較コラムが家庭料理として説得力を持つのは、世界の知恵がそのまま台所で再現できるからです。難しい話は要りません。ポイントは三つだけです。

まず、下処理で匂いの芽を摘む。サメ肉は鮮度が命なので、可能なら水分と血をしっかり抜き、キッチンペーパーで押さえる。次に、香りの土台を作る。酢や酒、にんにく、生姜、スパイス、塩で短時間でも漬けると、匂いは料理の中に吸収されて目立ちにくくなる。最後に、熱と衣で勝つ。揚げる、焼く、強火で香ばしさを出す。匂いが前に出る前に、香りを完成させる。

匂いに悩む食材は、世界中で“こうやって料理にされてきた”ということです。サメ肉も同じで、苦手な人ほど「発酵」「漬け」「揚げ」のどれかに寄せると、驚くほど普通に食べ物になります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました