フィッシュ&チップスの正体

ロックサーモン/フレイクが生んだ“流通名ミステリー”

フィッシュ&チップスを頼んだとき、メニューに「Rock salmon(ロックサーモン)」と書かれていたら、あなたは何を想像するでしょうか。名前だけ見れば、岩場で獲れたサーモンのようにも聞こえます。オーストラリアで「Flake(フレイク)」を見れば、軽い白身魚の愛称のように感じるかもしれません。ところがこの二つ、国によってはかなりの確率で“サメ”に近いところへ着地します。しかも重要なのは「サメが使われている」という事実そのものより、名前が魚の正体をぼやかし、食べ手の認識を作り替えてしまうところにあります。

“それっぽい名前”が生む、ちょうどいい誤解

ロックサーモン、フレイク。どちらも不思議なほど「魚っぽい」響きをしています。ここが見せ場です。
「shark」と書いてあれば、怖い、強そう、匂いがありそう、硬そう――そんな先入観が先に立ちます。ところがロックサーモンなら、なんだか海の恵み感がある。フレイクなら、衣をまとった白身の優等生っぽい。名前が変わるだけで、食べ手の心のガードがすっと下がるのです。

この現象は、だまし討ちというより“売り方の技術”に近い。フィッシュ&チップスは、観光名物である前に、日常のファストフードです。安定した供給と値段、揚げたときの食感、衣との相性が最優先になります。サメ類は白身で、揚げるとしっかりした食感が出やすい。使い勝手がよいから採用され、採用され続けたからこそ、より売りやすい名前が定着した。ここまでくると、ロックサーモンやフレイクは“魚の種類”ではなく、商品としてのフォーマットになっていきます。

「何の魚を食べているのか問題」へつながる

しかし、便利な名前には副作用があります。最大の問題は、同じラベルの下に、中身が入れ替わり得ることです。
ロックサーモンもフレイクも、厳密な単一種を指すというより、状況に応じて複数の魚種が入り得る枠になりやすい。切り身になれば見分けがつきにくい。仕入れも変動する。すると店としては「今日はこれが入ったからこれ」という運用になり、ラベルはますます“便利な傘”になります。

ここから先は、味の話ではなく社会の話です。食べ手は「何の魚か」を知る機会を失い、選ぶ根拠も持てなくなる。倫理や好みの問題だけではありません。資源管理の観点でも、どの種がどれだけ消費されているのかが見えにくくなります。もし混ざっている中に、保全上デリケートな種が含まれていたらどうするのか。ラベルが曖昧なままだと、良い選択も悪い選択も、そもそも成立しません。

つまり、ロックサーモン/フレイクが突きつけているのは、「サメを食べるのは是か非か」という単純な二択ではなく、もっと現実的な問いです。私たちは、何を食べているのかを知る権利を持っているのか。店は、何を売っているのかを説明できるのか。 “うまい”の前に、食の透明性が問われているわけです。

いま起きているのは「味」ではなく「表示」の議論

この話が現代的なのは、食文化の中心が「舌」から「表示」へ少しずつ移っているからです。
昔は「美味いかどうか」が支配的でした。いまはそこに「何の魚か」「どこで獲れたか」「持続可能か」「ちゃんと表示されているか」という尺度が加わっています。フィッシュ&チップスの世界も例外ではありません。むしろ、日常食だからこそ、ラベルの曖昧さが広い範囲に影響します。

面白いのは、ここに“善悪の物語”が生まれにくい点です。店が悪い、客が無知、という話ではない。長年の商習慣の中で、売りやすさと安定供給を優先した結果として、ラベルが肥大化してきた。言い換えれば、ロックサーモン/フレイクは、フィッシュ&チップス文化が現実と折り合いをつけてきた歴史の産物なのです。

オチ:食文化は、舌だけでなく“ラベルの文化”でもできている

フィッシュ&チップスは、衣の香ばしさと塩、酢、揚げたての熱で成立するシンプルな料理です。けれど、その背後には、魚を「何と呼ぶか」というラベルの文化が流れています。ロックサーモンと書けば、魚はサーモンの気配をまとい、フレイクと書けば、正体は“気軽な白身魚”になる。人は味だけで食べていません。言葉ごと食べているのです。

次に海外でフィッシュ&チップスを頼むとき、もしロックサーモンやフレイクを見かけたら、少しだけ想像してみてください。あなたの前にあるのは魚の切り身であると同時に、長い流通の歴史と、名付けの技術の結晶でもあります。食文化は舌だけでできていない。ラベルという“もうひとつの調味料”が、今日も私たちの食卓を形づくっています。

関連するサメ

英国(ロックサーモン/ハス系で出やすい)

  • アブラツノザメ(ツノザメ類) Squalus acanthias
  • ホシトラザメ ハナカケトラザメ Scyliorhinus canicula
  • ナースハウンド(ナースハウンドシャーク) Scyliorhinus stellaris
  • (欧州の)スムースハウンド類(※日本でおなじみのホシザメ“系統”) Mustelus asterias

豪州(フレイクで出やすい)

  • ガミーシャーク(=フレイクの定番) Mustelus antarcticus(FishBaseの和名表記は「ホシザメ」になっていることがあります)
  • イコクエイラクブカ(スクールシャーク/トープ) Galeorhinus galeus
  • ヒゲドチザメ(ウィスカリーシャーク) Furgaleus macki
  • アオザメ(ショートフィン・マコ) Isurus oxyrinchus
  • シロシュモクザメ Sphyrna zygaena
  • アカシュモクザメ Sphyrna lewini
  • フトツノザメ(グリーンアイ・スパードッグ系) Squalus mitsukurii

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