ムラサメトラザメ

サメ図鑑

基本データ

和名 ムラサメトラザメ
英名 Cloudy Catshark
学名 Scyliorhinus torazame variegatus
分類 軟骨魚綱 Chondrichthyes / メジロザメ目 Carcharhiniformes / トラザメ科 Scyliorhinidae
体長・体重 成体で全長50〜60cm前後、体重は1kg未満。メスの方がやや大型。
分布海域 日本近海(房総半島〜九州沿岸、駿河湾・土佐湾・日本海西部)に分布。韓国南岸・台湾北部でも確認。
生息深度 水深100〜300mの砂泥底・岩礁域。夜間に浅場へ上がることもある。
IUCNレッドリスト LC(軽度懸念)※近縁のトラザメ属 Scyliorhinus torazame と同等評価。
将来的な環境変化により再評価の可能性あり。
識別ポイント ・細長い体型と滑らかな肌触り
・背面の灰褐色〜紫褐色のまだら模様(「ムラサメ」模様)
・背びれに棘がない
・大きく横長の目と縦長の瞳孔
・尾びれは短く、先端が丸みを帯びる

外見の特徴

ムラサメトラザメ(Scyliorhinus torazame variegatus)は、日本近海に生息する小型のトラザメの一種で、体長は成体でも50〜60cmほどです。全体的に細長く、しなやかな体つきをしています。名前の「ムラサメ」は、体に走るまだら模様が“村雨(むらさめ)”のように見えることに由来します。 背中から体側にかけての褐色〜灰色の斑紋が美しく、光の加減によって紫がかった青みを帯びることもあります。胸びれや尾びれの形はバランスが取れており、底生生活に適した姿をしています。

目は大きくて横長、瞳孔が猫のように縦に細くなることから、「トラザメ類らしい表情」として知られます。背びれは二つで、どちらも丸みがあり棘はありません。口はやや前方に位置し、細かい歯が並んでいます。体表はざらつきが少なく、触ると滑らかです。 一見地味ながら、光の角度や環境によって微妙に変わる体色のグラデーションが、ダイバーや研究者の間では「最も美しいトラザメ」とも評されます。

生態・行動

ムラサメトラザメは、主に本州中部から九州沿岸の水深100〜300m前後の砂泥底に生息しています。水温の安定した深場を好み、昼間は海底でじっと休んで夜に活動する夜行性のサメです。 行動はゆったりしており、海底を這うように移動しながら餌を探します。岩や砂に身を寄せて擬態することが得意で、敵に見つからないように体色を背景に溶け込ませます。

群れを作ることは少なく、単独行動が基本です。泳ぎは穏やかで、時折胸びれで海底を軽く押しながら体を持ち上げ、周囲を確認するような動きを見せます。この動作が猫のように見えるため、「トラザメ科=猫ザメ系」と呼ばれる所以でもあります。 外敵には大型魚や他のサメ類がいますが、深場の環境では比較的安全で、長期にわたり同じ海域に定着して生活する傾向があります。

食性と狩りの方法

ムラサメトラザメの食性は肉食性で、主に小型の甲殻類、ゴカイ、イカやタコの幼体、小魚などを捕食します。海底を這いながら嗅覚と感覚器で獲物の位置を正確に探知します。 特に発達した電気受容器「ロレンチーニ器官」により、砂の中に隠れた獲物の微弱な電流を感じ取り、素早く口を突き出して吸い込むように捕らえます。 その捕食はスピードではなく、忍耐と精密な感覚に支えられた“待ち伏せ型”のスタイルです。

小型の魚やエビを狙うときは、尾を軽く振って砂を巻き上げ、視界を遮ってから近づく行動も観察されています。これは捕食時に自分の影が獲物に見えないようにするための工夫とも考えられています。 捕まえた獲物は細かい歯で噛み砕きながら飲み込み、硬い殻を持つ甲殻類なども問題なく食べられるよう、歯は絶えず新しいものに生え替わっています。

繁殖・成長

ムラサメトラザメは卵生で、春から夏にかけて繁殖します。雌は2〜4個の卵を数回に分けて産み、海藻や岩に卵を固定します。卵は長さ7cmほどの細長いカプセル形で、両端に巻きひげ状の突起があり、これを絡ませて安定させます。 卵の中で仔ザメは2〜3か月ほどかけて育ち、孵化すると体長12cmほどになります。孵化直後の仔ザメは成体とほぼ同じ模様をしており、自力で泳いで餌をとることができます。

成長速度は比較的遅く、性成熟までに3〜4年を要します。寿命は10年以上とされますが、飼育環境下ではさらに長く生きる例もあります。水族館では人工ふ化に成功しており、孵化後の成長過程が観察できる施設もあります。 深海性のサメとしては繁殖が安定しており、飼育下での繁殖研究の対象としても注目されています。

⑤ 繁殖・成長(続き)

ムラサメトラザメは他のトラザメ属と同様に、比較的温暖な海域で繁殖活動を行います。特に水温18〜22℃前後の環境で繁殖率が高く、飼育下ではこの温度帯を維持することで人工ふ化の成功例も増えています。 卵は長期間にわたり孵化を待つため、酸素供給が十分な海流のある場所が理想的とされます。孵化後の仔ザメは外敵が少ない岩陰で成長し、初期の餌は小型甲殻類やゴカイ類など。生後1年で約20cm、3年で40cm前後に達する個体が多く、安定した成長曲線を描きます。

成体になると、色のコントラストがより明瞭になり、体の斑点や帯模様が濃くなっていきます。 性成熟後の雌は年に複数回の産卵を行うことができ、環境が整えば飼育下で世代交代が可能なほど繁殖力は強い部類に入ります。これが、研究対象としても注目される理由の一つです。

⑥ 人との関係・保護

ムラサメトラザメは小型で温厚なため、人を襲うことは一切ありません。漁業的価値も高くないため、混獲によって捕らえられることはあっても商業利用はほとんどなく、むしろ研究や教育の対象として扱われています。 美しい体模様とおとなしい性格から、国内の一部水族館では「深場のトラザメ展示」として人気があります。

現在、IUCN(国際自然保護連合)による評価は「LC(軽度懸念)」で、絶滅の危険性は低いとされています。ただし、深場漁業の拡大や底引き網漁の影響によって、一部地域では個体数が減少傾向にあるとの報告もあります。 深海域の環境変化は観測が難しいため、長期的なモニタリングが重要です。国内では、京都水族館や名古屋港水族館などが繁殖研究を行っており、保全活動の一環として卵から成体までの飼育データを蓄積しています。

また、ムラサメトラザメの卵は教育的な展示に向いており、来館者が「サメの命の始まり」を観察できる貴重な教材となっています。このような活動は、サメへの誤解をなくし、深海生物の理解を広げるきっかけにもなっています。

⑦ 観察・展示情報

  • 主な展示施設:葛西臨海水族園、名古屋港水族館、京都水族館、鴨川シーワールドなど。
  • 観察ポイント:昼間は底で静止していることが多く、夜間照明の水槽では活動的な様子が見られます。模様の濃淡が美しく、観察角度によって印象が変わります。
  • 卵展示:透明なカプセル越しに仔ザメが動く様子を観察できる展示が人気。京都水族館では人工ふ化個体の成長過程を公開。
  • 自然下での観察:ダイバーでも遭遇はまれ。伊豆半島沖〜駿河湾〜土佐湾など、水深100〜200mの泥底や砂礫底で確認例があります。
  • 飼育の特徴:冷水性で酸素要求量が高いため、水質管理が重要。落ち着いた環境では複数個体の共存も可能です。

ムラサメトラザメは、深海のトラザメ類の中でも特に繊細で美しい存在です。人に危害を加えず、環境変化にも順応できる強さを併せ持っています。 水族館ではその優雅な泳ぎや神秘的な体色を間近で観察でき、深海生物の魅力を伝える象徴的なサメといえるでしょう。 もし展示で見かけたら、ぜひ静かに観察してみてください。彼らの姿は、深海というもうひとつの世界の穏やかな呼吸を感じさせてくれます。

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