基本データ(ギンザメ)
| 和名 / 英名 / 学名 |
ギンザメ(銀鮫)/ Spotted Ratfish / Hydrolagus colliei (Lay & Bennett, 1839)
英名では「Ratfish(ネズミのような尾を持つ魚)」と呼ばれます。 |
|---|---|
| 分類 |
脊索動物門 魚上綱 軟骨魚綱 全頭亜綱(Holocephali) ギンザメ目 Chimaeriformes/ギンザメ科 Chimaeridae/ギンザメ属 Hydrolagus サメやエイの仲間(板鰓類)に近縁だが、別系統の「全頭類」に属します。 |
| 体長・体重 |
成魚の全長は約70〜100cm(雄は尾が長く最大120cmに達することも)。 体重は約1〜2kg前後。雄は頭頂部に独特の交接器(クラスポール)を持ちます。 |
| 分布海域 |
北太平洋のアラスカ湾〜カリフォルニア沿岸、日本海・オホーツク海・三陸沖などの寒冷海域。
日本では北海道〜茨城沖などの深海域で確認されています。 |
| 生息深度 |
主に水深50〜900mに生息。日中は200〜400m付近の海底に潜み、夜間に中層へ浮上します。
冷たい深海を好む底生性。冬季には浅場での確認例もあります。 |
| IUCNレッドリスト |
LC(低懸念) – 2016年評価(IUCN Red List ver. 3.1)
一部海域で混獲されるが、資源としての利用は限定的。 |
| 識別ポイント |
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ギンザメは見た目がサメに似ていますが、進化的にはより原始的な「全頭類」に属する独特のグループです。 現生するサメ・エイとは約4億年前に分岐した系統で、いわば“生きた化石”とも呼ばれます。
① 外見の特徴
ギンザメはその名のとおり、体表に銀白色の斑点が散らばる美しい深海魚です。 全長はおよそ70〜100cmで、長い尾が体長の半分以上を占めます。 頭部は丸く大きく、やや前方に突き出た口とウサギのような大きな瞳が特徴的です。 瞳には反射膜(タペータム)があり、暗い深海でもわずかな光を利用できます。
体色は灰褐色〜黒褐色で、光が当たると銀色の斑点が輝きます。 背びれは2基あり、第1背びれの前縁には鋭い毒棘があり、防御や縄張り争いに使われることがあります。 雄の頭頂部にはクラスポール(交接器)と呼ばれる突起があり、交尾時に雌を固定する役割を果たします。
② 生態・行動
主に水深50〜900mの冷水域に生息し、砂泥底や岩礁地帯の上をゆっくりと遊泳します。 日中は海底付近で休み、夜になるとやや浅い層へ浮上して活動する夜行性の傾向を示します。 群れを作ることは少なく、基本的に単独またはペアで行動します。
泳ぎは非常に滑らかで、胸びれを波打たせるように動かして推進する「バタフライ型」の遊泳法をとります。 外敵は少ないものの、アブラツノザメや大型タラ類に捕食されることがあります。 また、体内に空気袋を持たないため、急激な浮上には弱く、網にかかると短時間で衰弱します。
③ 食性と狩りの方法
ギンザメは底生性の肉食魚で、主に多毛類・甲殻類・二枚貝・小型魚などを捕食します。 鼻の下にある口で海底を嗅ぎながら、砂の中に潜む獲物を探し出します。 歯はサメのように鋭い刃ではなく、プレート状に融合した臼歯で、硬い殻や甲羅を砕くのに適しています。
嗅覚と電気受容器官(ロレンチーニ器官に似た構造)を併用して、砂中の小さな生き物の動きを感知します。 捕食の際は短い吸い込みと噛み砕きを繰り返し、効率的に獲物を摂取します。 こうした“噛み砕き専門”の食性は、全頭類に共通する特徴です。
④ 繁殖・成長
ギンザメは卵生で、メスは海底に長さ約10cmほどの革質の卵鞘(スパイラル状の卵カプセル)を産みつけます。 一度に2個ずつ産卵し、年間を通して複数回に分けて産卵すると考えられています。 卵鞘の内部では発生が進み、外部環境や水温によっては孵化まで1年近くかかる場合もあります。
幼魚は孵化時にすでに15〜17cmほどあり、成魚とほぼ同じ形態をしています。 成長はゆるやかで、成熟には数年を要します。 深海という安定した環境に適応しているため、寿命は20年以上と推定され、古生代からほとんど姿を変えずに生き続ける“生きた化石”の一つとされています。
⑤ 繁殖・成長(補足)
ギンザメの繁殖行動は独特で、交尾の際には雄が頭頂部のクラスポール(交接器)で雌を押さえつけ、尾の付け根付近のペルビッククラスポールを使って交尾を行います。 交尾行動そのものはまれに観察されますが、主に夜間に深い海底で行われると考えられています。
卵鞘は革のように硬く、表面にはらせん状のリッジ(溝)があります。これは海底の岩や藻に絡まりやすくするための構造で、流されないよう工夫されています。 卵内の胚は卵黄を栄養にして発達し、成長速度は水温に強く依存します。冷たい深海では発生期間が長く、孵化までに10〜12か月を要します。
成熟は遅く、雌雄ともに7〜10年かけて繁殖可能な大きさに達します。こうした「長寿・低繁殖・遅成長」の性質は深海魚に典型的で、環境変化に対して脆弱です。
⑥ 人との関係・保護
ギンザメは日本近海では底引き網やカレイ漁などで混獲されることがありますが、漁業対象種ではありません。 一部地域では副産物として市場に並ぶこともありますが、肉は水分が多く柔らかいため食用価値は低く、主に研究用・標本用として利用されています。
歴史的には、深海研究や魚類進化の教材として重宝されてきました。 4億年前の古生代デボン紀に起源をもつ「全頭類」の現生代表であり、サメ・エイとは異なる独自の進化経路をたどってきた生物として学術的重要性が高いです。
現在、IUCNではLC(低懸念)に分類されていますが、深海漁の拡大による混獲圧や気候変動による海底環境の変化には注意が必要とされています。 研究機関では個体群の長期モニタリングや、DNA解析を用いた系統研究が進められています。
⑦ 観察・展示情報
生息深度が100〜600mと深く、自然の海で生きた個体を観察することはほとんどありません。 ただし、水族館では冷水環境を再現することで短期的な展示に成功した例があります。 特に北海道・登別マリンパークニクスや青森県営浅虫水族館では、深海展などで標本または冷凍個体が展示されたことがあります。
米国ではモントレーベイ水族館(Monterey Bay Aquarium)が、北米太平洋岸の個体を一時的に展示し、 行動観察・発光反応・交尾器の研究を進めた事例も報告されています。
また、深海探査映像ではROV(遠隔無人潜水機)が撮影したギンザメの泳ぐ姿が公開されており、YouTubeや研究機関の公式チャンネルでも確認可能です。 大きな瞳と長い尾、優雅に滑空する姿は、まさに“深海の幻影”と呼ぶにふさわしいでしょう。




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